2026年8月
今年の夏は7月の海の日に初めて真夏日となりました。その後も数日30℃超えがあり「ああ、今年も暑いんだな〜。嫌だなあ」と思っていたら、8月初めまで伸びた梅雨はいわゆる梅雨寒で、その後もなかなか30℃を超えず、朝晩など涼しいくらいです。夜もエアコンをつけなくとも窓を少し開ければ快適に眠れます。熊本地震の被災者や中部、西日本の酷暑に苦しんでいらっしゃる皆様には申し訳ないのですが、これくらいが仙台の夏ですね。
さて、先日の第502回東北大学整形外科談論会後の懇親会で、最近のジャーナルの投稿料、article processing charge(APC)の話で国分先生、井樋先生、鹿児島大学の谷口昇教授と盛り上がったので、そのお話をしましょう。内容の一部は、2019年雑誌「整形外科」70巻8号に「ハゲタカジャーナルに注意せよ」という私説として掲載してあるので、時間や興味のある先生はそちらもお読みください。少し長くなるので、2回に分けて掲載します。今回の内容に関しては国立遺伝学研究所教授の有田正規先生の書かれた「学術出版の来た道」(岩波出版)がタネ本になっています。大変面白い本ですのでお勧めです。
最近、学術誌に投稿する場合、採択されるとAPCの支払いを求められますね。ジャーナルによっては、10万円程度から100万以上まで(円安も関係していると思いますが)、僕たちが大学からいただく給与の1か月分かそれ以上が吹っ飛びます。世界で最も有名な整形外科学術誌であるJ. Bone Joint Surg.(JBJS)は投稿時に299ドルのsubmission feeを払い、採択されればAPCとして4,568ドルを別に支払うようです(オープンアクセスにしない時の支払いはよくわかりません)。つまり、1本の論文が採択されれば、1ドル150円として73万円を著者がJBJSに支払わなければなりません。しかも、JBJSはご存知の通り大体はrejectなんですが、それでも299ドル=4.5万円は戻ってきません。これはおかしな世界ですよね。考えてみてください。少年ジャンプで「スラムダンク」を描いている井上雄彦先生が、集英社に1週間分書いたから100万円支払いますのでみんなにタダで読んでもらってください、って聞いたことないですよね。普通は僕らが200円払って少年ジャンプを買って(いつの時代?)、昔は毎週600万部売れたから、集英社に毎週12億円が入る。その中からジャンプの紙代・印刷費や輸送費、集英社の社員の給与などの諸経費とマンガ家のギャラを支払うわけです。文庫本であろうが辞書であろうが、普通本は読む人が買うわけですから、一連のお金の流れはこれと同じです。でも、いつの間にか学術誌は普通の本とは異なるお金の流れの中で作られるようになったのです。若い先生のために、なぜこんなおかしな世界に僕たちは生きているのか、歴史から解説を試みましょう。キーワードはインターネット、学術誌代の高騰、オープンアクセスです。
僕が医師になった1989年は、医学雑誌は全て紙媒体でした。お金を払って現物を買う、普通の買い物と同じでした。1990年代後半からインターネットが急速に発達・普及します。スピードも送れる容量も倍々ゲームで進歩します。そこで出てきたのがオンラインジャーナルです。各個人がインターネットを通じて、自身のPCで学術誌を読むようになりました。ただ、その後も紙媒体の学術誌は残り、購入すると紙媒体とインターネットのURLが一緒にもらえ好きな方を読む、あるいは契約時にどちらかを選択する、という時代を経て、徐々に紙資源、製本代や保存場所の問題などもあって、紙媒体からオンラインに移行していきました。日整会誌や東北整形災害外科雑誌などは、比較的最近まで紙媒体を残していましたよね。ちょうど僕がボストンに留学していた1998年頃、オンラインジャーナルが紙媒体に変わってきたのです。研究室のボスはPCで論文を読んでいましたが、僕ら下っ端―ズは図書館で雑誌を借りてコピーしていました。
次に学術誌の価格高騰です。元々学術誌はそれほど数が売れるものではありません。少年ジャンプばかり例に出すとCOIを疑われるので、僕の好きな少年マガジンの話をすれば、1998年に445万部を売り上げています。でも、「JBJS、100万部突破!」って聞かないですよね。Geminiなどに聞いてみると、JBJSの売り上げは毎巻大体12,000冊、最大で28,000冊だそうです。これを200円で売っては儲けが出ませんから、年間購読料は個人だと87,000円ほど、年24巻なので1冊だと3,600円になります。全世界で12,000人が年間購読すると売り上げが約10億円/年となります。余談ですが、図書館などは購読料が個人よりずいぶん高くなっています。これは、英国のメディア王マックスウェル(ペルガモン出版社)が学術誌の全世界展開のために、現地通貨ごとに異なる価格を設定し、また個人と図書館の価格差をつけたことによります(1991年ペルガモンはエルゼビアに売却され、エルゼビアが同社が世界最大の学術出版社になります)。図書館などの購入を考えると、売り上げが約10億円よりもっと大きいはずです。少年ジャンプは12億円×50週で600億ですから桁が違いますが、それでも結構な額ですよね。繰り返しになりますが、学術誌は購買者が少ないので、購読料を一般の雑誌に比べて高くしないと出版社の商売が成り立たないのである程度の値段になるのは仕方がありません。加えて、代替品がない=正当な価格競争の不在、そしてマンガ本と違い仕事上研究上の必要から、値上がりしても研究者が買い続けることから、学術誌の価格は1980年代から消費者物価指数の2−3倍のペースで上がりました。また毎年論文数が増え続けることから、新しい学術誌もドンドン出てきました。こうなると研究者や大学の図書館で全ての学術誌をとても購入できなくなります。
学術誌のあまりの高騰のために、1990年代初めに欧米や日本では図書館で学術誌をそれまでの半分も買えなくなります(日本学術会議「電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する提言2000」)。こうした事態に、英国ではサザンプトン大学の心理学者スティーブン・ハーナッドが購買価格を釣り上げる商業出版社を通さず、研究者自身で論文をオンライン公開する「オープンアクセス運動」を提案します。オープンアクセスとは誰でも無料で論文を閲覧できることです。これを始められると出版社は学術誌を買われなくなりますので死活問題です。そこでアカデミックプレスという出版社は自社のジャーナルをオンラインで読み放題にするプランを作り、これを大学への公的資金分配を行う英国高等教育助成会議(HEFCE)に売ることに成功します。現在東北大学も利用している複数のオンラインジャーナルの包括パッケージ販売の始まりです(Big Deal=大きな取引、と呼ばれます)。このプランに大学図書館も研究者も飛びつきました。経費が増えずに全部の学術誌が読めるのだから当然ですね。Big Dealは価格上昇率を6%と設定しました。これは毎年の論文の増加数と同じくらいに相当します。12年で倍増しますから高いですね。包括販売するほどの学術誌の数がない小規模出版社は売れなくなり、学術出版社はエルゼビア、シュプリンガー、ワイリー、オックスフォードやケンブリッジ大学出版などに統合されていきます。包括パッケージ販売の値段は、大学や研究機関の規模によって差がつけられ、小規模な図書館ほど安価に多くの学術誌にアクセスできました。2009年の総合大学と小規模研究機関の購読料の価格差は、エグゼビアで10倍以上もしたそうです。しかし、このような包括パッケージ販売が出ても研究者や大学が高いお金を払って学術誌を買う状況に変わりありません。この状況に怒る米国の研究者によって、2001年学術誌のオープンアクセス化を目指すPublic Library of Science(PLoS)プロジェクトが始まります。商業出版社に対し出版後半年以内にPubMedなどへ論文を無償で掲載しない限り、商業学術誌には論文を書かず査読をしないと迫りました。全世界の科学者が著名しましたが、商業学術誌への投稿も無償の査読も減らなかったのです。そこでPLoS は2003年に自前で最初のオープンアクセスジャーナルであるPLoS Biologyを創刊します。PLoSは財団からの資金援助を受けて始まりましたが、その後は著者または著者が所属する研究施設が支払う投稿料で運営されています。しかし、オープンアクセスは「読む方がタダ」ですから、強大なスポンサーがいない限り採算がとれないのは明白でPLoS Biologyも赤字でした。
さあ、PLoSは研究者の学術費購読料を減らすことになるのでしょうか?続きは次号。2週間後公開予定。乞うご期待!
相澤 俊峰