2026年2月
2月8日衆議院解散による総選挙がありました。自由民主党の圧勝で、単独で衆議院定数の2/3を獲得しました。いや、自民党支持率は選挙前後であまり変わりませんから、「高市早苗」の圧勝、というべきですね。国会のHPを見ると、衆議院定数の2/3を越えれば、衆議院に出した自民党の政策は過半数で可決するのはもちろん、衆議院の参議院に対する優越性から、衆議院で可決した法律案を参議院が否決したとき、衆議院に差し戻しになり2/3以上の賛成で可決となります。参議院は現在少数与党ですが、例え参議院で否決されても、再度衆議院で議決でき、自民党の法律案が通ることになります。これから4年間は自民党のやりたい放題の可能性があるということです。是非野党には、自民党の政策のチェック機構の役割を果たして欲しいし、自民党内にも自浄効果が働くようなシステムを作って欲しいと思います。
今回の選挙では中道改革連合が歴史的大敗をきたした一方、AIエンジニアの安野貴博氏率いる「チームみらい」が議席0から11と大躍進しました。これが何を意味するかは、政治評論家がいろいろ解説しているのでそれをお読みいただくとして、1つだけ感想を書きます。中道改革連合の敗戦の弁で呆れたのは、「SNSをうまくつかえなかった」、「高市旋風にやられた」と自分の訴えた政策の非、自身の至らなさを反省する前に、あたかも人のせいにした発言をする落選候補者が複数いたこと(党の首脳陣にも何人もいた)です。敗戦の弁として自らを振り返る前に人のせいにする、これってどうなのかなあ、と思いました。人のせいにするということは、次回同じことがあっても、偶然に任せる、相手任せにするということです。まず自分を反省し改めるべきを改める姿勢を示さない人が、よりよく立ち直れるのか、大いに疑問に感じました。
僕も比例代表は「チームみらい」に入れましたから、ここからは何を期待したのか、どこに惹かれたのか、について少し書いてみたいと思います。「チームみらい」は、まず若い。先の衆議院選で擁立した候補者の平均年齢が39.5歳だそうです。生物学的には年齢とともに人間の能力は衰えます。一方で経験値という言葉もあるように、経験を積んだ人にしかわからないこともあるでしょう。しかし、それを言ってはいつまで経っても、日本の老醜政治家たちが自分たちの居場所を見つけてしまいます。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とはドイツの鉄血宰相ビスマルクの言葉と言われています。きちんと歴史を学べば、高齢者が一生かかった経験よりも多くの知識を得ることができる、ということです。自民党にだって知識の継承はあるでしょう。にもかかわらず懲りもせずに「金と政治」の問題で何回も下手を打つ。国民はその度に『NO』を突きつけるが、他の政党が当てにならないから次ではやっぱり自民党が復活し、「禊は終わった」と言って、「金と政治」の問題を有耶無耶にする。これが今までの歴史です。これに終止符を打つための実現可能な具体的方策をこれまでの野党が提唱してきたでしょうか。せいぜいが自己申告制ですか。「チームみらい」は「みらい丸見え政治資金」というプラットフォームをAIで作って政治資金の流れを可視化しています。これにも抜け道があるのかもしれませんが、少なくともこれまでの「伝票とノート」で管理していた感のある政治資金を可視化するのは、国民にわかりやすいDXの1つだと思います。良いものは全政党がやればいいのに、と思いますよね。国民にはマイナンバーカードでの税金、医療費などの一元的管理を導入しながら、政治資金の管理にはおそらくいくつもの「帳簿」を使って、(もしかしたら誰も真相に辿り着けない)多元的管理をする、その矛盾が政治家の信頼を失わせている一因だと思います。国会も紙投票で首相を決めるのではなく、もっともっと国民に見えるようにデジタル化すべきです。「チームみらい」のDX化には期待しています。
もう1つ、「チームみらい」で好感が持てたのが、消費税減税を唯一謳わなかったことです。ご存知のように消費税は主に医療、介護、年金、子育て支援等の社会保障費として使われます。日本の医療費は年間40兆円を超え、少子・超高齢社会を迎え介護や年金、子育て支援の出費も増える一方です。ここで景気が悪いからと消費税を減税すれば、別の財源がなければ社会保障費がおざなりになる事は、誰にでもわかります。それでも自民党をはじめ各党が消費税減税を公約として掲げる。しかも、代替財源を誰にでもわかるように明言しているでしょうか?これだと、子供たち世代にツケを回しますよ、と言っているように思われても仕方ありません。減税を公約とするなら、代替財源を明示しなければ、ただの「言うだけちゃん」です。
80歳を超えた患者さんに、高額の抗がん剤を際限なく保険使用できるのは、今や日本だけです。これ自体は幸せなことですが、高度成長期のように、法人税が毎年毎年増えていた時代とは違うのです。100兆円の国家予算であれば、医療費は40兆円、国防費は5兆円、というように上限を決めて、それを大幅に超えないためにはどうするか、実行可能な案を示すのが政治家の役割でしょう。今後を考えれば、日本も他の国と同様に、年齢による使用薬剤や治療法の選択と、混合診療の導入が現実的な医療費削減の方法だと思います。混合診療の導入はいわゆる「命の値段」をつけることになりかねませんが、生活保護者が適応さえあえば無償でオブジーボなどの高額治療が受けられる一方、低所得者は適応があっても高額療養費の差し引き分の月額数万円を支払えないために、このような治療を受けられないことがあります。これをどう考えたら良いでしょうか?国民全員に須く等しい高度な医療を提供するには増税しか方法がありません。増税して現状の医療制度を維持するか、医療費削減のために今より質を落とした医療あるいは混合診療を受け入れるか、の二択の時代になっているのです。この選択を先送りすれば、現在の医療制度が崩壊してしまいます。
穿った見方ですが、自民党などの「お爺さん党」は自身の既得権益のために(病気になったら少しでも長く最善の治療を受けられるようにしておこう)医療費削減を伴う大胆な医療改革に反対しているのでは?と思ってしまいます。20年後、50年後、100年後のビジョンが描けないのであれば、政治家をする資格が無いのでは?と思うし、また国会議員である以上は地元の道路や開発云々ではなく(県議会議員や市議会議員とは異なる)、国全体すなわち防災、教育、外交、経済、財政、街ではなく国土、を中心に仕事をすべきだろうと思います。
まあ、外野で気楽に勝手なことを書いているだけですが、今後自民党、高市政権が公約をどのように守るのか、よく見守りたいと思います。特に科学振興・研究にどれくらいお金を使うかで、50年後の日本が決まるでしょう。2026年の艮陵同窓会誌24号に石井直人研究科長が書いていますが、近年日本人が受賞したノーベル生物学・医学賞である2025年の坂口志文先生の制御性T細胞が1995年、本庶 佑先生のPD-1が1992年の発見だそうです。よく言われるように1980−1990年代初めは日本の研究資金が潤沢で、東北大学医学部からも1992年〜1994年まで3年でNature 1報、Science 3報が出たそうです。しかし、この30年前の研究費が現在も横ばいの状態です。ようやく本学と東京科学大学の2つの国際卓越研究大学ができました。潤沢な「物・金」を研究に注ぎ込んで、30年後、50年後の日本が依然として技術立国、科学大国であることを目指さなければ、資源のないこの国は、「衰退途上国」から「衰退国」への道を走らざるを得ないのではないか、そう危惧するのはペシミスティックに過ぎるでしょうか?
相澤 俊峰