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骨の逸話

目次
環椎 Atlas

環椎 atlas は第1頸椎である。軸方向から見ると輪の形をしているので、和名の環椎が我々には理解しやすい。

そもそも Atlas はギリシャ神話の巨人、チタン神族の一人である。ゼウス率いるオリンポス神族との戦いに敗れ、西の果てで天空を双肩で支えることを命じられた。そこで北アフリカのモロッコにそびえる山脈が Atlas 山脈、その先の大海が Atlantic Ocean となった。同じ発想で頭蓋を支える第1頸椎を Atlas と名付けたのは16世紀の解剖学者 Vesalius である。人や神の名は和訳になじまない。「解体新書」では捧宇内(ほううだい、宇内:世界、天下)と訳された。Atlantic Ocean の和名、大西洋も Pacific Ocean 太平洋との対照で名付けられた。

大航海時代となり世界が丸いことが分かると、地理学者 Mercator が地図書の扉に地球を担ぐ Atlas を描き、標題を Atlas とした。それ以降、地図書が、さらに図が主体である図譜も atlas と呼ばれるようになった。

軸椎 Axis

喉仏は英語で Adam's apple である。穿った解釈を許されたし。Eve は賢く、用心深い。蛇にそそのかされて、Adamより先に禁断の木の実を食べたが、小ぶりのものを選んだとみえ、喉につかえはしなかった。

一方、日本で甲状軟骨の出っ張りが喉仏となった由縁は何か。軸椎が、前から見て、結跏趺坐(けっかふざ)した仏陀に似る。舎利の中のそれを、喉の骨と信じたとして無理がない。

Axis は軸のギリシャ語 axon に由来する。言わずもがな、軸椎の歯突起が環椎の回転の軸となっていることによる。戦前の和名は枢軸であった。日独伊三国同盟の枢軸国とともに今は死語となっている。

ラテン語名にも epistropheus(上で回転する)の別名があった。それで、1774年「解体新書」では回転と訳し、1804年各務文献の「整骨撥乱」では歯突起があって磑(挽きうす)に似た形と、回転の意味とから磑様骨(がいようこつ)と名付けたりした。

椎弓根 Pedicle

MRIのお陰で脊髄腫瘍が素早く診断できる。X線写真で拡大した椎弓根間の距離 interpedicular distance を測らされ、上下椎を含めて Elsberg-Dyke の折れ線グラフを描いた昔が懐かしい。最近は椎弓根 pedicle の内径が、椎弓根スクリューを刺入するのに測られている。

そのスクリューは英語で pedicle screw、あるいは transpedicular screw である。つい混同して pedicular screw と言ってしまって、「虱」のスクリューだ、とたしなめられたことがある。接頭辞が付くと、-pedicular でよいらしい。

辞典によれば、椎弓根のラテン語解剖用語 pediculus は確かに虱をも指す。アタマジラミ Pediculus capitis、コロモジラミ Pediculus corporis とあり、見慣れた単語に親しみが持てる。

椎弓根の周囲に靱帯はない。X線写真で、椎弓根消失の owl sign は移転癌の脊柱管内波及、脊髄圧迫を物語る。

関節突起 Zygapophysis

しばしば脊椎外科では、椎弓から上、下に伸びる関節突起を zygapophysis 、さらに隣接椎との間の脊椎関節を zygapophyseal joint と呼ぶ。この語はギリシャ語の zygon と、骨の突出を意味する apophysis から成っている。

他に zygon が元になっている解剖名に奇静脈 vena azygos と、頬骨と側頭骨を橋渡しする頬骨弓 zygoma、zygomatic arch がある。

Zygon は一対の牛馬の首に掛けて荷車や鋤を牽くくびき(頚木、軛)である。さらに、一対の牛馬、左右が対の物を指すようになり、比喩的に二つの物を繋ぐ作用、きずな、あるいは形がくびれた物をも意味するようになった。

即ち、関節突起は上下の椎骨と連結するので zygapophysis となり、頬骨弓はその形から zygoma と名付けられた。奇静脈はと言うと、胸椎椎体の右側を走っていて、左側の半奇静脈と太さで対を成さない。それで vena azygos と命名された。Azygos に奇妙の意味はない。

仙骨 Sacrum

解剖学の試験の前に、意味など気にも留めずに sacrum、……と暗記したものである。脊椎手術を専門とするようになって、sacrum が sacred(神聖な)、sacrifice(供物、生贄、犠牲)、sanctuary(聖域、保護区)、sanction(認可、制裁)と語源が同じと気付いた。

そう、語源はラテン語の sacer(神聖な)であり、sacrumは「神聖な骨」と共に「聖所、神殿」の意味がある。独語では Kreuzbein(十字架の骨)で、いずれも宗教色が漂う。

何故、仙骨が「神聖な骨」と映ったのか。最大の椎骨であるから、古代エジプトの再生の神オシリスに捧げられたから、死語に朽ちるのが最も遅いから、さらに生殖器を守っているからとか、種々の説がある。

日本語解剖名は、解体新書が中国由来の膠骨としたが、重訂解体新書の大槻玄澤が sacrum を護神骨と訳し、明治時代に薦骨となって、戦後に仙骨に替えられた。

胸骨 Sternum

その昔、男の胸は逞しさの、女のそれは豊饒、多産の象徴であった。胸に因んだギリシャ語あるいはラテン語に由来する医学用語が多彩である。

先ず、胸骨の sternum がギリシャ語の男の胸 sternon に由来する。胸骨は剣 xiphos に似て、刀身 corpus と切っ先 xiphoid process、柄 manubrium があり、男性的である。では、女の胸のギリシャ語は何か。それは stethos である。19世紀初め、うら若き婦人の胸に直接耳を当てるのが憚れるとして、フランス人内科医 René Laennec は紙筒で聴診し、それを stethoscope と名付けた。聴く振りして、見とれて(skopein)いたに違いない。

ラテン語の胸は、漏斗胸 pectus excavatum や大胸筋 M. pectoralis major の pectus である。Pecten 櫛が語源で、胸骨と肋骨の様が櫛に似て納得がいく。胸郭の thorax はローマ兵の鎧の胸当てのことであった。それでこそ、胸の骨格全体を表現するのに相応しい。

鎖骨 Clavicle

長いこと鎖骨 clavicle を、ネックレスの chain に関係があるのだろう位に考えて、鎖の骨と誤解していた。しかし、それでは男性の鎖骨が説明できない。

鎖骨は、杉田玄白と前野良澤の「解体新書」まで、漢方に倣い欠盆骨と呼ばれていた。欠盆は灸の窪の一つ、鎖骨上窩のことである。その欠盆骨を、彼等の一番弟子、大槻玄澤は「重訂解体新書」で、欧語の原義を鑰匙(やくひ:錠と鍵)と解釈して、鎖骨と改めた。

昔、ローマ時代に窓の閉め金具を clavis と呼んでいた。後に、S字の形がそれに似ていることから、鎖骨は小さな鍵 clavicula と名付けられた。独語では Schlüsselbein(鍵の骨)である。そう言えば、鎖国は鎖の国でなく、国を鎖(とざ)すであり、合点が行く。

ピアノの前身 clavichord(鍵と弦)も clavis 由来である。18世紀、宮廷音楽で盛んに演奏され、やがて強弱自在 pianoforte に弾けるピアノへと進化した。

肩甲骨 Scapula

肩甲(胛)骨は中国由来の名で、俗称かいがらぼねである。確かに体部が貝殻のように薄い。機能も特異で、胸郭背面との間に関節がない。お陰で、胸鎖関節を支点に、肩をすくめたり、前に突き出したり、肩関節固有の可動域を越えて腕を挙げる万歳ができる。

この骨は Hippocrates によって spathe(へら状の木片)と呼ばれた。Spathe はラテン語の spatha となり、英語の spade(スコップ)や spatula(スパーテル)、spoon に変化した。Spatha には両刃の剣の意味もあって、トランプの spade はその剣を図案化したものである。飯を盛るへらの形に似たところがあり、語源とともに意味深い。

Scapula の解剖名はギリシャ語の skaptein(掘る)に遡れる。ローマ時代には scapulae で背、両肩を意味し、後にかの Vesalius がスコップを連想してこの名を付けた。

言うまでもなく、肩峰はアテネ Acropolis の akron(頂き、端)と omos(肩)からできた acromion の訳語である。

橈骨 Radius

橈骨 radius の和名は撓(たわ)んだ形に由来する。この骨は、さかのぼると、清朝乾隆帝の勅命で編さんされた「醫宗金鑑」に、臂骨(ひこつ、尺骨)を補う骨、即ち輔骨と記されている。杉田玄白らによるかの「解体新書」では、尺骨の直臂骨に対して撓臂骨とした。これによって、明治時代に radius が撓骨となったものと思われる。

Radius のラテン語の原義は尖った棒や杖である。解剖名の radius はその形状に基づくことが分かる。ちなみに、大槻玄澤が改訂した「重訂解体新書」には、原義に従った訳語として梃骨(ていこつ、梃:棒)の名がみられる。

Radius には他に車輪の輻(ふく、spoke)の意味がある。それで、円の半径を表すのに radius が使われるようになった。また、輻が轂(こしき)から周囲に散る様子に発想して、radius は輻射、放射の radiation に発展し、さらに光線、X線や列のray、X線写真の radiograph、ラジオの radiotelegraphy となった。

尺骨 Ulna

洋の東西を問わず、長さの単位には体の部位あるいは動作に基づいたものが多い。漢字に寸、尺、尋、歩があり、英語に span、foot、ell、mile がある。

使われなくなったものの ell はラテン語解剖名 ulna とともにギリシャ語の olene 肘に遡れる。前腕をも意味した ulna は尺骨に、ell は肘から手首まであるいは上肢全体の長さとなった。

一方、ulna の和名、尺骨は「重訂解体新書」で大槻玄澤が造語した。そもそも尺は親指と他の指を開いて幅を測る様の象形で、一開きの長さ span のことである。尺取り虫は、あの絶妙な移動の様が指で尺を取るのに似ていることから名付けられた。英語も同じ発想で、spanworm あるいは measuring worm である。すなわち尺骨は測る骨の意味で、ulna、ellと矛盾がない。

なお、mile は milia passuum 千歩の長さのことで、歩を左右の二跨ぎとすれば、ローマ・マイルの約1,500mが合点できる。

有頭骨 Capitate

ラテン語の caput は頭である。解剖学、それも真っ先に教わる骨学で、大腿骨の骨頭を手でさすりながら caput femoris と記憶したのが昨日のことのように思い出される。小さい骨頭には capitulum humeri 上腕骨小頭がある。

Caput に因む英語は数多い。Captain が船長、主将、capital が首都、資本、大文字、柱頭で、capitalism が資本主義といった具合である。

手根骨のうち中央の骨は月状、舟状骨と関節をなす「頭が有る」ので、capitate 有頭骨と名付けられた。「頭割り」となるとサッチャー元首相の人頭税の capitation tax があり、de- が付くと骨頭切除、斬首刑の decapitation となる。

肝硬変で caput Medusae が現れる。Medusa はギリシャ神話の Gorgon 3姉妹の末娘。酷い顔、蛇の髪で、見る者を石に変えたが、Perseus に首を切らる。その彫刻が建物や楯に魔除けとして飾られた。門脈系が逆流し、臍を中心に皮下静脈が怒張した様は将に Medusa の頭である。

指節骨 Phalanx

指節骨の記述が、解体新書に「五指骨は、その数十有五なり、一指各々三節あり」とある。明治以降、14節になったが、それまでは中国医学の影響を受けて、第1中手骨が母指の基節とみなされていた。

ラテン語解剖名 phalanx の原義には指の意味がない。Phalanx はギリシャ語で丸太、柱であり、盾と槍を持った重装歩兵の方形の戦闘隊形、密集方陣のことである。かのアレキサンダー大王は前後、左右16列、即ち兵256の方陣とした。隙間なく整列させ、21フィートの槍を前5列の兵が水平に構え、後11列の兵が槍を縦に休める。5列目の兵の槍先が最前列の兵の前に出たといわれている。これこそ槍ぶすまである。

紀元前333年、何万もの大軍がイッソスでぶつかりあった。アレキサンダーは phalanx 4つで chiliarchia、その4倍を grand phalanx(兵4,000)の単位で陣立し、騎兵を活用して、ペルシャ王ダリウスIII世を被った。

恥骨 Pubis

「解体新書」で、杉田玄白らは pubis を横骨と訳した。無味乾燥の極みであるが、中国の医書にある解剖名をそのまま使ったことによる。比べて、現在の和名、恥骨には艶がある。恥毛 pubes(解剖用語は陰毛、カクシゲ)や恥丘 mons pubis に思いを致した骨学講義が懐かしい。

明治初期には恥骨となっており、ドイツ語の Schambein からきたのであろう。しかし、恥ずかしいの意味は pubis にない。陰陽に例えて名付けた外陰部の pudendum にこそそれがある。

日本では二十歳以上が大人の扱いである。その昔は、pubes が生えたり、初潮を迎えれば結婚してよかった。従って、puberty を思春期とするのは文学的で物足りない。むしろ子をこしらえることができるの意味であり、precocious puberty を早熟とした訳は正しい。

Venus は美と性愛 venus の女神である。そこで mons pubis は mons veneris ヴィーナスの丘とも呼ばれ、性病は venereal diseases である。

腸骨稜 Iliac Crest

稜 crest は長く連なった隆起部を指す。そのラテン語 crista の原義は鶏冠(とさか)である。それがヘルメットの羽根飾りを表すようになり、さらに山の屋根、頂上、波がしら、棟飾り、ねじやま、紋章、絶頂、極上の意味へと多彩に発展した。解剖名もその一つである。

腸骨 os ilium の和名は「解体新書」に早くも掲載されている。独語 Darmbein のオランダ語訳から、杉田玄白らは「腸骨」を案出した。

そもそも ilium のラテン語の原義は脇腹あるいは鼠径部である。局在からみて、「脇腹の骨」なら合点がいく。他説がある。ギリシャ語の eilein(回す、ねじる)から、その形態を表現する名の os ileum、「ねじれた骨」と呼ばれ、それが os ilium になったとする説である。さらに os ileum は ileum 回腸から腸骨 Darmbein となった。

なお、ホメロスによるギリシャ叙事詩「イリアス」の舞台、トロイのラテン語名も ilium である。

坐骨 Ischium

腰椎椎間板ヘルニアによる臀部~下肢の放散痛はギリシャで iskhias と呼ばれ、後に順に ischiadicus、sciaticus、そして sciatica となった。その源は iskhion(髖:かん、hip)あるいは股関節である。本邦にはこの痛みに固有の表現がなかったかして、明治以降に坐骨神経痛が普及した。従って、ischium に座るの意味はなく、解体新書では跨骨と訳した。坐骨は独語の Sitzbein の邦訳である。

腸骨、恥骨、坐骨が癒合して寛骨となる。真中に acetabulum 臼がある。ラテン語で acetum 酢を入れるカップのことで、約8分の1パイントの量をも表した。解体新書の訳は鍋であった。苦労が偲ばれる。Acetum からは acetic acid 酢酸、acetaldehyde アセトアルデヒド、acetyl group アセチル基などの化学用語が派生した。

臼の字は土、木、石を穿って米を入れた様の象形文字とある。しかし、石臼に見えて仕方がない。二段の丸石、取っ手、穀類の注ぎ口である。

転子 Trochanter

大腿骨の大、小転子はラテン語 trochanter major et minor とともに、特異な名称故に、意味が分からずとも医師全てが知っている。

Gardening が英国では高尚な趣味の一つに数えられている。一輪車のトロで土や草花を選べるほどの広い土地があってのことではあるが。トロッコが郷愁の対象になって久しい。知ってはいても乗ったことがある若い人は少ないであろう。トロとトロッコはトラックとともに、ギリシャ語の trochos(車輪)、あるいは trechein(走る)から発して遠く日本語にまでなった。

同じ語源から trochanter、さらに上腕骨の trochrea(滑車)が名付けられた。但し、trochanter(runner)の方は俄かには合点がいきかねる。転子はコロで、物の移動に敷いた丸棒、runner である。転子部を歩行の駆動部と考え、tochanter としたものらしい。

トローチ剤 troche は真ん中を打ち抜いた車輪状のものが原義に叶っていることになる。

膝蓋骨 Patella

新聞の健康欄や家庭医学書で、膝蓋骨は市民権を得つつある。漢方に名称の由来があり、英語の kneecap に発想が一致する。とは言え、素人には「お皿」と呼んだ方が分かりが早い。ラテン語の解剖名 patella は patera 供物皿または patina 盛り皿の指小辞であり、小皿を意味して合点がいく。

膝蓋骨は最大の種子骨 sesamoid bone である。下極が尖っていて胡麻の種 sesame に似る。胡麻はアフリカから印度、西域(胡)、中国を経て日本に渡来した。江戸時代に小麦粉を膨らました中が空っぽの「胡麻菓子」と呼ばれる菓子があった。それから、見せ掛けだけ良いものを、「ごまかし」と言うようになった由。

米国は Texas が胡麻の一大産地である。集まった労働者の子供達に人種の別なく教育を施した町があり、幼児TV番組 Sesame Street はその町の大通りの名前をタイトルにした。「開けゴマ」Open Sesame の呪文は誰もが知っている。但し、なぜ胡麻か、定かでない。

頸骨 Tibia

大腿骨があって、なぜ小腿骨がないのか。学生の頃、素朴な疑問を抱いたものである。実は、清朝乾隆帝の勅命で編纂された「醫宗金鑑」では脛・腓骨を、各務文献の「整骨撥乱」では脛骨を小腿骨と呼んでいる。脛骨が解剖名として登場したのは明治になってからである。

かつて、人類は石器や青銅器の外に、種々の骨を道具に用いた。殊に人の頭蓋骨は霊力が宿るものとして、祭儀に酒を盛る杯としたりした。人骨文化と呼ばれるものである。古代エジプトでは脛骨 sebi で縦笛を作り、その縦笛をも sebi と呼んでいた。それがローマに入って tibia となり、後に脛骨のラテン語解剖名に採用されるに至った。

片や、sebi は近東からシルクロードを経て唐代の中国に伝わり、尺八(sepa)の漢字が当てられた。そう言われれば、日本の尺八が脛骨の形に似ているのが頷ける。「尺八の長さは一尺八寸」と言うのは、後世のこじつけであるらしい。

腓骨 Fibula

英米の整形外科が皆、骨のラテン語解剖名の原義に親しんでいる訳ではない。特に、fibula のそれを知る人は少ない。ある教授に招かれた晩餐で、fibula が話題に上った時、奥様がブローチのことよとおっしゃられた。教養ある女性はかくあるべし、と納得したことを思い出す。

以前、東京都美術館で「古代ヨーロッパの至宝、ケルト美術展」が催され、参観した友が、fibula が多数陳列されていたと教えてくれた。そう、fibula はラテン語でピンで、ブローチをも指す。確かに fibula は下端が尖っている。しかも、tibia に寄り添う様はブローチのピンと同じである。

腓骨の方も難しい。こむらの骨の意だが、「解体新書」が漢方に倣って外胻骨(がいこうこつ)としたのを、30年後に各務文献が「整骨撥乱」で腓骨を用いたことに始まる。

なお、ギリシャ語でピンは perone である。これから腓骨筋、腓骨神経に peroneus が使われている。

距骨 Talus

賭け事にサイコロが欠かせない。ギリシャ神話ではバラメデスが発明したことになっている。ローマ人は馬の足首の骨で作り、taxillus と呼んで楽しんだ。ルビコン川を押し渡るシーザーが「賽は投げられた」の名言を残すことになる。日本には双六とともに奈良時代以前に伝来した。

足首の骨は talus となり、やがて talus は踵をも指すようになった。さらに時代が下がると、その意味はオンドリやキジの踵から後方に突き出た蹴爪(けづめ)にまで広がった。一方、和名の距骨の距(きょ)は蹴爪である。それで talus の形は蹴爪に似ても似つかないが、距骨と命名された理由が納得できる。

蹴爪と、スミレや蘭の花弁が後方に突き出て蜜を溜めている部分もそれぞれ動物学、植物学で距と呼ばれる。しかし、こちらのラテン語は talus でなく、calcar である。踵 calx、踵骨 calcaneus と関係が深い。

踵骨 Calcaneus

踵骨はまさに踵(かかと、きびす)の骨で、足根骨中で最大である。しかし、中国の明や清の書にはそれぞれ京骨、跟骨(こんこつ、跟:かかと)と呼ばれていて、踵骨の名称は杉田玄白らの「解体新書」で初めて登場した。

ラテン語解剖名 calcaneus は calx(かかと)が起源である。その calx から、他に calcar が生まれた。オンドリやキジの踵に成長した突起の蹴爪(けづめ)、さらに靴の踵に取り付け馬を御す拍車、蘭やスミレの花弁が後に突き出たもので蜜を溜める距(きょ)を指す。なお、拍車は初め棘状で、後に車のものが登場し、明治時代に紹介されて、その語ができた。

大腿骨距 calcar femorale が整形外科解剖用語として重要である。大腿骨後方の粗線の骨皮質が上方に延長して、大転子後方突出部を内から補強する構造で、Bigelow 中隔とも呼ばれる。

Calcar に当たる英語は spur である。それで、脊椎などの骨から突出した骨棘も spur である。

舟状骨 Navicular

初めてのゴルフ場や温泉でも、そこの電話番号を入力すると運転の道筋が地図で示され、迷わずに到着できる。人工衛星を使ったカー・ナビ(navigator)のお蔭である。その語源はラテン語の navis(舟、船)で、海軍の navy、航行、航海、飛行の navigation も同根である。

足の舟状骨のラテン語解剖名 os naviculare も、navis に指小辞の -cula の付いた navicula(小舟)から作られた。英語では navicular だけでよい。

Navis の元はギリシャ語の naus である。こちらからは米国海軍最初の原子力潜水艦 Nautilus や宇宙飛行士の astonaut が生まれた。驚くなかれ、船酔い、嘔気の nausea を経て、雑音の noise にまで及んでいる。

手の舟状骨 scaphoid の方はギリシャ語由来である。肩甲骨 scapula の語源でもある skaptein(掘る)が scaphe(掘られたもの、即ち丸木舟、小舟)となり、ラテン語の scapha を経て os scaphoideum に行き着いた。

皮質骨 Cortical Bone

白黒テレビの時代、Rollin'、rolli'、rolli'、…の軽快なリズムと鞭の音、怒濤のような地響きと牛の唸り声で始まる Rawhide に魅了され、まだ見ぬ広大なアメリカに夢を馳せたものである。

牛馬の皮が hide で、なめして柔らかくしたものが皮 leather である。Rawhide 生皮(きがわ)は硬く丈夫で、英国式ならぬウェスタンの乗馬を愛好する友によれば、鞭のほかにロープ、あぶみ、鞍の前部に付く突起状のサドル・ホーンに用いられる由。まさに、rawhide は荒野に似合う。

皮質のラテン語解剖名は cortex で、副腎皮質ホルモン cortisol の語源である。整形外科医としては、皮質骨を cortical bone と呼ぶ理由を、髄質に対する皮質の発想でなく、rawhide の飴色と硬さから骨を連想したからだと考えたい。

骨や靴に似せ rawhide で作った子犬に与えるガムがある。我が家のラブラドール・レトリーバー、ウィリー君も噛み締めて味わって、顎を鍛えている。

海綿骨 Cancellous Bone

骨は皮質骨 cortical bone と海綿骨 cancellous bone あるいは spongy bone から成る。Cancellous の語は screw との関わりで馴染み深いが、語源を遡るとラテン語の牢 carcer に行き着く。意外である。

ヒントは牢の格子である。Carcer は法廷の裁判当事者と傍聴人、あるいは協会の聖職者と一般会衆を仕切る格子 canc(ri)ellus となった。確かに海綿骨は格子状とも言えるので cancellous で合点がいく。更に、その語は、格子のようにバツ印をつける cancellare から契約解除の cancel となり、法廷の柵を開閉する者 chancellarium から大法官や大学総長 chancellor に及んでいる。

なお、牢 carcer に直接的に関連した語に incarceration がある。一般には投獄、幽閉であるが、整形外科では、先天性側彎症の半椎がはみ出さずに、上下の隣接椎の間に完全にはまりこんでいる状態を表す。

あとがき
東北大学整形外科 名誉教授  国分 正一

37年前、専門課程に進んだとき、医学事始の解剖学はラテン語で覚える骨学だった。約60の骨と計800に及ぶ部分の用語の丸暗記を求められたが、一旦覚えてしまうと、その後の筋や神経、脈管、さらに内臓までもが容易に記憶できるようになった。学年末の解剖学の口頭試験では、教授が差し出すカードの束から1枚を引くと、したり、設問は大腿骨であった。

当時、語源を調べることなど思いも寄らなかった。それが、臨床経験を積み、専門用語を正確に使い分けなければならない年齢となると、骨を初めとする用語の語源が気になりだし、また、用語に纏わる話しに興味を抱くようになった。今では、杉田玄白や大槻玄澤の労苦がしみじみ分かる。

ラテン語の解剖用語は殆どが、語順を入れ替え語尾を変化させるだけで英語になる。ここに来て、グローバリゼーションが英語を軸に進行している。日本語の格式語が漢字の音読みの熟語であるように、英語のそれはラテン語由来と言ってほぼ間違いない。語源に立ち入った英語教育が望まれる。