2024年5月
第121回東北整形災害外科学会を5月10日、11日と仙台国際センター展示棟で開催しました。天気にも恵まれ、400名以上が参加し大盛況でした。山本宣幸准教授や上村雅之医局長をはじめ、スタッフの先生方・医局の秘書さんたちは本当に頑張ってくれました。有難うございました。
この学会は僕が教授になって初めて主催したもので、教室としても2017年の第90回日本整形外科学会学術総会以来でした。おそらくは教室の半分以上の先生が学会の主催は初めての経験だったと思います。学会を開催すると教室の仕事量が増え疲弊するため、個人的にはあまり主催したいとは思いませんが、やはり2~3年に1回くらいやらないと、学会開催のノウハウが後輩に伝わりません。このノウハウも教室の財産ですから、今後も研究等の支障にならない程度には、機会があれば学会を招致したいと思います。
さて、東北整形災害外科学会です。僕は1989年から参加していますが、この35年でずいぶん変わりました。僕が20歳台の頃は、大体2会場で行われたと思います。前列の方に各大学の教授が座っていて、演題が終わるとその先生が質問します。怖かったのが新潟大学の田島達也教授で、僕が居合わせたときには、明らかに新人と思われる発表者に「何でこんな疾患の発表をするんだ。誰もこの疾患の発表をしないのは珍しくてなかなかお目にかからないからじゃない。ありふれた疾患だからだ!」とコメントしていました。ちょー怖かったです。発表した先生はおそらくホテルで泣いたでしょう。またほかの学会ですが、発表後につかつかとフロアから座長席に歩み寄り、「何でこの演題を採択した。これについてはうちから☓☓年にすでに論文が出ている。採択する価値はない」と怒っている先生も見ました(そう言われても採択したのはおそらく座長じゃないので理不尽だと思いました)。それらに比べれば、最近の学会は「大人」になりました。逆に言えば、各大学の教授が発表を真剣に聞いて、例え自分の専門外の分野でも、他の大学の医師でも質問し指導する、あるいは、自分たちの業績を学会の場で積極的にアピールする、そんな気迫と、学会を通して若手を育てるという“熱”が減ったようにも感じます。
自分のことを考えると、今回は会長なのでフロアから質問しないことが不文律ですので(?)大人しくしていましたが、後輩の育成のために、自分の教室の業績をアピールするために、“熱”を持ってやっているか、と反省してしまいます。35年前はまだインターネットがありませんから、情報は医学雑誌や学会で得るしかありません。自ずと医学雑誌をいち早く読み、学会でも少しでも知識を得ようとしたのでしょう。昔の教授は大学で購読したJBJSなどが届くと一番に通読し、読み終わったら医局員に読ませたそうです。今はネットで何でもすぐに調べられますので、学会で貪欲に勉強するという姿勢が減ったのかもしれません。しかし、最新の発表からヒントを得る、あるいは発表者とフロアでディスカッションして新しい知見を得るなど、学会で勉強することは依然として多いと思います。また、特に若手の登竜門と位置づけられる東北整災などでは、発表者を育てようとする意図を持って質問をすることも、指導者側には求められる役割と思います。僕も昔の教授たちを見習い、“熱”を持って学会に参加したいものです。
相澤 俊峰