2025年8月
先日、8月2日に「東北大学整形外科談論会70周年記念式典」が盛大に行われました。ご参加いただいた先生方にこの場をお借りして御礼申し上げます。記念講演は河野博隆帝京大学教授、中島康晴九州大学教授、松本守雄慶応大学病院長という、奇しくも日整会の前々理事長〜現理事長の3名にお話いただきました(依頼した時点では河野先生が理事長になることは決まっていません。僕の先見の明ですね)。40分という短い時間でしたが、3名ともさすがのご講演で非常に勉強になりました。個人的には松本先生の「最後の砦になる覚悟を持って治療に当たるべし」、には胸を打たれました。河野博隆先生のご講演は、本題の「がんロコモ」よりその前の部分で話された「おかしな日本語」が非常に盛り上がりました。お聞きになっていない先生もいらっしゃると思うので、河野先生の講演の内容を踏まえ、僕も常々思っている「おかしな日本語」について今回は述べたいと思います。
皆さんは学会発表やカンファランスのプレゼンを聞いていて、あるいは論文を読んで、「おかしな日本語だ」と思うことがありませんか?僕は国分正一先生からとても厳しく論文指導を受けたので表現にはうるさい方です。ただ、盤石の自信がないので、これまで強くは言ってきませんでした。今回河野先生の講演をきっかけに少し調べて裏を取ったので、いくつかの「おかしな日本語」をご紹介します。
1.「・・・にて」
例えば「腰痛にて来院した」、「MRIにて腫瘍がみつかった」などのように使われることが多い言葉です。「にて」は、格助詞「に」+接続助詞「て」からなり、辞書にも掲載されている言葉で決して誤ってはいません。しかし、日常でこのように古い言い回しを使うことはないのに医療界では頻用され、論文でよく目にします。「によって(理由、方法)」、「において(場所)」の意味として使われますが、普通は「で」ですね。「腰痛で来院した」、「MRIで腫瘍がみつかった」でしょう。論文などは現在の書き言葉で記載するものであり、古い表現は避けなければなりません。
2.「認められる」
「MRIで皮下に腫瘍を認める」にように使われます。これはよく上級医から、「誰が認めたんだ!俺は認めていない」と指導される表現です。「認められる」という言葉には“資格”や“許可”の意味合いが強いとされます。医師が使用する場合には、“認識・認知”の意味で使っていると思いますが、“許可”するようなものでもないので、違和感があります。「腫瘍がみられた」で十分事実を伝えられるので、「認められる」はやめましょう。
3. 脱助詞
「椎間板ヘルニア摘出後、症状改善認めた」のような文章を書いていませんか?これは本来「椎間板ヘルニアを摘出した後、症状が改善した」のように、「を」「が」などの助詞(いわゆる「てにをは」)が入って日本語らしい文章になります。字数の問題があるかもしれませんが、「てにをは」が抜けた文章は読みにくいと覚えておきましょう。
4.「・・・となる」「・・・を行った」
例えば「患者は症状が改善し、退院となった」、「手術を行った」、「計測を行った」のような使い方です。動詞を名詞化して使っていますね。でも普通は「退院した」、「手術した」、「計測した」で十分です。最近はファミレスの会計などでも「お会計は1,000円になります」、「ご注文のA定食になります」とよく言われますが、「お会計は1,000円です」。「ご注文のA定食です」で良いわけで、わざわざ動詞を名詞化する必要はありません。これは英文も同様で、Examination was performed.やSurgery was performed.と書くより、…examined. …was operated.としたほうが「らしい」英文になります。
5.「御侍史」
「整形外科 相澤 俊峰先生 御侍史」。よくメールで目にします。「侍史」とは秘書のことであり、「私のような身分の低いものが先生に直接メールや手紙を送るのは恐れ多いので、秘書あてにお渡しします。」ということです。同じ様な意味で「御机下」がありますが、これも「机の上に置くのは恐れ多いため、机の下に置かせていただきます」という意味です。「机下」は机の下に置くので重要な内容ではない、という意味合いがあるようですが、ほぼ同じ意味で使用されています。「侍史」は秘書なので「御」は付けず、一方で「机下」は目上の人の机なので「御」をつけるそうです。いずれも脇付と言われ、手紙やはがきで宛名の左下に書いたものです。現在では医療業界以外では「死語」だそうですので、使わなくても良い表現と言えます。
6.「・・・するも」
僕の大嫌いな表現です。「動詞+も」で「・・・した。しかし・・・」と逆接の意味で使われます。確かに「も」は逆接の助詞としても使われますが、通常は「付加・並列・強調」の助詞です。「除圧するも麻痺が残存した」のような論文を読むと、「?」と思います。これは「除圧したものの、麻痺は残存した」のように書き換えられますし、その方が格好が良い。「するも」は非常に古臭い言い方だそうですので、使わないようにしてください。
7. 体言止め
学生レポートを確認しているとよくでてきます。「腰痛で救急外来受診」のように書いてきます。字数の問題もあるでしょうが、「腰痛で救急外来を受診した」と書くべきです。日本語は文尾で肯定や否定を表現することが多いため、正確に伝えることが求められる研究論文やレポートは「文章」で記述する必要があります。体言止めはやめましょう。
8.「テーハー」
「C6~Th2を固定した」を「シー6からテーハー2を固定した」と読んでしまう先生が時々いますね。Cを「シー」と発音したなら、「Th」も当然英語読みです(英語では通常「T」と略します)。数字もドイツ語で「ツェーゼクスからテーハーツバィを固定した」と読むならOKですが、普通はローマ字は英語読み、数字は英語または日本語読みです。『「テーハー」というならHbA1cは「ハーベーアーアインツェー」と言うか?』、で先日の講演で河野教授が笑いを誘っていましたね。同じように結核(tuberculosis)を「テーベー」と言いますが、本来はこれも「ツベルクローシス」と言うべきですね。現在でも日本語化したドイツ語は使用されていますが、少なくとも学会発表などでは、英語を使用しましょう。
9.「約5.9cm」
これもよく出会う気になる表現です。英語論文でも、「approximately 3.25 cm」などと書いてあったりします。「約」や「approximately」は概数、大体の数字を表すことを意味しますから、小数点以下のような細かい数字を提示するなら付ける必要がありません。付けたのなら、5.9cmなら約5cmか約6cmだし、8cmなら約10cmでもよいでしょう。
いかがですか、皆さん。文章を書く時、プレゼンする時、これらの「おかしな日本語」を使わないように心がけてください。
相澤 俊峰