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不定期コラム 徒然ではないのですが…7

2023年12月

東北大学が国際卓越研究大学の第一号(まだ候補)に選ばれました。今後25年をかけて国際的に強い競争力を有した大学へと改革が進みます。この国際卓越研究大学という制度は、日本の大学の国際的なランクが低下しているので、政府が介入、資金提供して世界の一流大学に伍するようにしましょう、政府はこんなに大学や科学技術の事を考えていますよ、という政策です。さて、果たして政府は大学にそれほどお金を投資しているのでしょうか?ちょっと勉強したので、このあたりについて思うところを含めて記したいと思います。

その国の科学技術の評価はまず英語論文数で行われます。2006年まで日本は米国に次ぐ2位でしたが、2014年には中国に抜かれて3位、現在は英国、ドイツにも抜かれて5位です。論文数ではまだ世界のトップ10に入っています。次の評価はトップ10%論文です。トップ10%論文とは、論文の被引用数が各年各分野(22分野)の上位10%に入る論文です。最近の新聞などで騒がれていたのがこの数字で、1999年には米国、英国、ドイツに次ぐ4位だったのが、2009年には7位、2019年には11位と落ち続け、2022年には13位でした。余談ですが、大学の評価も最近では論文の数に加え、「論文の質」も加味したトップ10%論文数でされるようになっています。2023年版では東北大学は2021年と同様、全体で東大、京大、阪大に次ぐ4位でした。

では、なぜ日本の科学技術が落ちてきたのでしょうか?山口裕之著『「大学改革」という病』という本を頼りに考えてみましょう。2006年から凋落が始まったとすると、2004年の国立大学の独立行政法人化と時期を同じくすることに気づきます。当時は現在のようにオンラインジャーナルがまだ多くなかったので、論文の発行までには投稿から1−2年ほどかかりました。従って、国立大学の独立法人化が無関係ではないように思えます。2000年に国家公務員の定員25%減が閣議決定されました。どのようにして国家公務員の数を減らすか、1つは郵政を民営化することで郵政公社の職員分削減する、もう1つは国立大学を独立行政法人化し、大学の職員を非公務員とすることでした。こうして国立大学は政府から切り離され、交付金も毎年1%ずつ機械的に削減されています。交付金の中でも人件費や基盤的な教育研究など基本的な経費に使用できる一般運営費交付金が毎年減らされるので、大学は退職した教員の後任補充ができず、多くの若手研究者も期間限定の雇用しかできない状況になっています。教員数の減少により大学が疲弊し、科学技術が低下しているとも考えられるのです。独立法人化にはこのような裏があって、その弊害が出てきているという指摘があります。また政府は、少し前1990年代には大学院重点化、1996年〜2000年に「ポスドク一万人計画」を実施し、期限付きの雇用資金を大学に配布しました。しかしあくまで期限付きであり、ポスドクは増えてもその先の教員採用数は増えませんでした。大学への就職が困難なら苦労してまで大学院へ行く人はいません。大学院生は2006年をピークに減少し、優秀な人材が大学院に入らず企業に勤めるようになってしまいました。このままでは、今後ますます日本の科学技術が落ちることが懸念されます。

政府はその後も様々な「大学改革」を行います。2014年には学校教育法が改正され、それまで大学の重要事項全般について審議していた教授会の権限を限定し、教授会を教育と研究のみに限定した学長や学部長の諮問機関という位置づけとしました。これまでの教授会を中心とした学生・教員の「自治」のもとに運営されていた大学を、学長を頂点とする企業のようなトップダウン式の組織とし、競争主義を導入すれば成果が上がると考えたのでしょう。2013年には国立大学改革プランで大学を3ランクに分類しています。第1が世界最高の教育研究の展開拠点:旧帝大、第2が全国的な教育研究拠点:旧官立大(一橋大、東工大、千葉大など)、第3が地域活性化の中核拠点(新制大学)です。これらは米国の大学制度をモデルにしており、このランクに基づいて運営交付金の金額も決められています。このような政策についてはこの本を読むまで、恥ずかしながら全然知りませんでした。

では、このような大学改革を進めて日本の科学技術や研究力はアップしたのでしょうか?答えは「ノー」です。ここ最近の総論文数、トップ10%論文数の世界ランクの下落を見れば、成果が上がっていないのは明白です。勿論ランキングは相対的なものですから、絶対数が増えていれば、他国が日本より急速に競争力を高めている、と判断することもできます。しかし、そうではないようです。

独立法人化によって政府の大学への交付金は、一般運営交付金が2004年度から2015年度で約800億円減額されました。この額は中規模の国立大学5〜10校の運営費に相当するそうです。人件費が減少すれば、若手中堅の研究者は安定した職につけません。前述の通り交付金は毎年1%ずつ削減されていますから、大学はその運営に更に苦慮し、研究者を雇用できなくなっています。今後ますます日本国内の科学技術が停滞するだろうと言われる所以です。

こうしてみてくると、政府がしてきたことは各大学の研究力を低下させる方向にしか働いてこなかったように見えます。国策としての科学力の向上を考えた場合には、国は大学や研究に対して資本投資をもっと考えるべきでしょう。実際日本のGDPに占める高等教育にかかる公的支出割合はOECD加盟国の平均の半分だそうです(https://www.shidaikyo.or.jp/topics/20221005_2.date.pdf)。逆説的ですが、そんな中で研究成果を出し続けている日本の研究者はすごい、ということもできます。政府が公表している大学の収入は、オックスフォードやハーバードなど英米の一流大学は2000億円〜6000億円、日本では最高の東京大学でも1800億円です。この差額を自分で稼ぐようにしなさい、将来的には政府からの援助無しに大学を運営しなさい、というのが政府の方針のようで、その一環が国際卓越研究大学なのです。

公的資金の援助がなくなれば自ずと、産業界からの投資が見込める産学連携に重点を置いた研究が増えます。短期的に効果が見える研究が主体となり、文系の研究や、物事の本質を見極めるような、一見無駄に見える積み重ねが必要な時間がかかる研究がないがしろにされるのではないか、と科学者たちが心配しています。2000年以降の日本のノーベル賞受賞者は2016年までに17人で、米国についで第2位だそうです。でも彼らの研究の多くは、研究の自由度がより高かった、早期の研究結果が今ほど求められなかった1990年代までに行われました。今後20年でいくつのノーベル賞が日本の大学からでるのか、その時政府は何と総括するのでしょうか。まあ、言いそうなことはわかりますね。

このように、日本の科学技術の凋落には政策的な問題もあると考えられます。研究にお金がかかるのもそのとおりです。身近なところでは倫理委員会を通すのにお金がかかる、最近の論文では統計学者が統計処理を行ったか尋ねられる=統計を委託するのにもお金がかかるなど、僕が研究を始めた25年前では考えられなかった出費が多々あります。しかし、僕たち整形外科医の研究は、ノーベル賞にターゲットを絞ったようなものではありません。科研費などの競争的資金の獲得や同門の先生からの寄付などを使って、それなりにインパクトが残せる研究ができるはずです。臨床の疑問を1つずつ丁寧に解決し論文にしていく、それが集まれば大きな業績となって大きな研究費を取る、あるいは企業との共同研究契約を結ぶ事が可能です。その繰り返しで教室は発展していけるはずです。そうしている間に研究力が培われ、歴史に名を残すような研究をする後輩も出てくるでしょう。一つ一つ足元から、流行を追うのではなく物事の本質に迫る、疾患や症状の病態に迫る、という目的を持って、地道に研究しその成果を論文として発表し続けることが何より大切だと思います。やれることからやる、コツコツ地道に継続する、これが大切なのはいつの時代であっても間違いのないことだと思います。

相澤 俊峰

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